航空科学博物館を見学する。
先日、15年ぶりに成田国際空港に行ってきました。目的は空港の直ぐ脇に建つ「航空科学博物館」を見学する為です。
航空科学博物館では、航空機の歴史や各種フライト体験が出来る他、屋外展示上では、約20機の航空機が見られます。更に博物館のロケーションが、成田空港の「A滑走路」南端部から700m程の近くに立地している為、展望台からは離着陸する飛行機を間近に見ることが出来ます。
パイロットに憧れた方にとっては、実際の飛行機に近いフライトシュミレーターで飛行体験が出来るので、受付が先着順で、それを狙って来館する航空機ファンも居ます。

(航空科学博物館正面、成田空港はこの建物の後方に位置しています。)

(ボーイング747-400の1/8スケールの大型模型。後方に有るコックピットから操縦して、飛行機の動きを見る事が出来るそうです。)

(ボーイング747―700のコックピット。ここで操作をすると、大型模型の操作が出来る。)

(ボーイング747の胴体を輪切りにして、内部構造を分かりやすく紹介した展示です。)

(屋外展示場。かつて活躍した飛行機やヘリコプターの実物が展示されています。)

(YS-11、2024年4月19日、日本航空宇宙学会が「航空宇宙技術遺産」に認定した国産旅客機。展示している機体は、試作1号機。66人乗りプロペラ旅客機。日本航空機製造)

(セスナ195 朝風号。アメリカのセスナ社が1947年から生産した5人乗り軽飛行機。朝日新聞社の取材機として活躍。そしてヘリコプターは、東京消防庁で消防活動や急患輸送などに使用した、愛称「ゆりかもめ」。この機種はフランスのアエロスパシアル社が1965年から生産した21人乗りのヘリ。)
他にも多くの飛行機が有り、色々な形をした飛行機に見ていると、興味がどんどん湧いてきました。

(博物館屋上の展望台から、成田空港のA滑走路を望むことが出来ます。)

(A滑走路から離陸した飛行機が、頭上を通過して行く際の、ジェット音が迫力有りました。ずうっと眺めていられます。)
私が初めて成田空港を利用したのは、1982年ですから43年も前のことになりました。初めて飛行機に乗る、それもたった一人で、初めての海外だったです。その当時は何も分からなくて、今の様にインターネットもまだ普及して無く、何の予備知識も得ずに出発しました。
成田空港がまだ「新東京国際空港」といった時代で、私は東京箱崎に有った「東京シティエアターミナル(T-CAT)」にて、搭乗手続きや出国審査を行い、リムジンバスで空港に向かいました。
その当時の成田空港は、1978年5月20日に開港してから、まだ4年で空港建設反対の活動も続いておりましたから、空港に入るためには検問所で検査が行われていました。検問所は機動隊の車両が多数並び、バスの中まで警察官が入ってきて、一人一人パスポートの提示を求めたり、バスの下回りなどの検査が行われ、厳戒態勢が続いていました。
私が乗る飛行機は夜20時30分の出発でしたので、出発ロビーで一人待っていましたが、外がだんだん暗くなり、なんとも心細く成ってのを、今も覚えています。


(1982年4月当時の新東京国際空港、出発ロビーの様子。初めて乗った飛行機は「タイ航空」でした。)
今回、第一ターミナルに入場しましたが、様子が全然変わってしまっていて、全くわからない状態でした。


(現在の成田空港の様子。管制塔も新しく変わって、以前の旧管制塔はもう撤去されて有りませんでした。)
又行く機会が有ったら、今度はフライトシュミレ―タの体験を是非やってみたいと思います。
航空科学博物館では、航空機の歴史や各種フライト体験が出来る他、屋外展示上では、約20機の航空機が見られます。更に博物館のロケーションが、成田空港の「A滑走路」南端部から700m程の近くに立地している為、展望台からは離着陸する飛行機を間近に見ることが出来ます。
パイロットに憧れた方にとっては、実際の飛行機に近いフライトシュミレーターで飛行体験が出来るので、受付が先着順で、それを狙って来館する航空機ファンも居ます。
(航空科学博物館正面、成田空港はこの建物の後方に位置しています。)
(ボーイング747-400の1/8スケールの大型模型。後方に有るコックピットから操縦して、飛行機の動きを見る事が出来るそうです。)
(ボーイング747―700のコックピット。ここで操作をすると、大型模型の操作が出来る。)
(ボーイング747の胴体を輪切りにして、内部構造を分かりやすく紹介した展示です。)
(屋外展示場。かつて活躍した飛行機やヘリコプターの実物が展示されています。)
(YS-11、2024年4月19日、日本航空宇宙学会が「航空宇宙技術遺産」に認定した国産旅客機。展示している機体は、試作1号機。66人乗りプロペラ旅客機。日本航空機製造)
(セスナ195 朝風号。アメリカのセスナ社が1947年から生産した5人乗り軽飛行機。朝日新聞社の取材機として活躍。そしてヘリコプターは、東京消防庁で消防活動や急患輸送などに使用した、愛称「ゆりかもめ」。この機種はフランスのアエロスパシアル社が1965年から生産した21人乗りのヘリ。)
他にも多くの飛行機が有り、色々な形をした飛行機に見ていると、興味がどんどん湧いてきました。
(博物館屋上の展望台から、成田空港のA滑走路を望むことが出来ます。)
(A滑走路から離陸した飛行機が、頭上を通過して行く際の、ジェット音が迫力有りました。ずうっと眺めていられます。)
私が初めて成田空港を利用したのは、1982年ですから43年も前のことになりました。初めて飛行機に乗る、それもたった一人で、初めての海外だったです。その当時は何も分からなくて、今の様にインターネットもまだ普及して無く、何の予備知識も得ずに出発しました。
成田空港がまだ「新東京国際空港」といった時代で、私は東京箱崎に有った「東京シティエアターミナル(T-CAT)」にて、搭乗手続きや出国審査を行い、リムジンバスで空港に向かいました。
その当時の成田空港は、1978年5月20日に開港してから、まだ4年で空港建設反対の活動も続いておりましたから、空港に入るためには検問所で検査が行われていました。検問所は機動隊の車両が多数並び、バスの中まで警察官が入ってきて、一人一人パスポートの提示を求めたり、バスの下回りなどの検査が行われ、厳戒態勢が続いていました。
私が乗る飛行機は夜20時30分の出発でしたので、出発ロビーで一人待っていましたが、外がだんだん暗くなり、なんとも心細く成ってのを、今も覚えています。
(1982年4月当時の新東京国際空港、出発ロビーの様子。初めて乗った飛行機は「タイ航空」でした。)
今回、第一ターミナルに入場しましたが、様子が全然変わってしまっていて、全くわからない状態でした。
(現在の成田空港の様子。管制塔も新しく変わって、以前の旧管制塔はもう撤去されて有りませんでした。)
又行く機会が有ったら、今度はフライトシュミレ―タの体験を是非やってみたいと思います。
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